当社と取締役会についての印象

小泉 2022年度は社長交代に伴う大きな変化が、取締役会においてもありました。印象的だったのは、新社長となった堀井さんが着任早々にご自身のビジョンや、目標数値を明確に打ち出され、そこから新しい経営陣の間で今後の方向性がスピード感を持って共有されていったことです。そのタイミングがあまりに早かったので、今も記憶に残っています。

 

三宅 私も、堀井さんはビジョンやターゲットを明確にすることにより社内のベクトルを合わせようとしておられると感じています。目標利益という形でターゲットが明確化されたことで、社内の議論がより活発になり、執行役員を兼務する社内取締役の皆さんが自分の担当事業にとどまらず、他の事業についても非常に積極的に発言するようになってきたのではないでしょうか。

 

三村 私は就任からまだ1年ですが、取締役会では、これまで前任の小林さん(現会長)を支える立場にあった堀井さんの「今後は自分が先頭に立って実践していかなければ」という強い想いが大変よく伝わってきます。他の社内取締役の方たちも私たち社外取締役の意見を積極的に経営に生かしていこうとする姿勢が感じられますね。取締役会以外の場でも私の発言が取り上げられる場合があるので、そうした影響も踏まえて発言していかなければと改めて気を引き締めています。

 

金丸 私は2023年6月に新たに社外取締役に就任しました。お声がけいただいたのは少し前になりますが、1年にわたりオブザーバーとして取締役会・経営会議に出席するなど当社のビジネスを見させていただいた上で、今回の就任に至っています。

 弁護士である私に期待されるのは、当然ながらリーガル・コンプライアンスの部分だと認識しています。また、東南アジア関連の業務経験などから海外事業に関する助言を求められる場面も当然あると思います。コンプライアンスは堀井さんの知見のある分野でもありますが、今は経営トップとしてグループをけん引する立場でもあり、私は客観的・中立的な立場から新たな視点を提供することにより当社のコンプライアンス強化を支援していきたいと考えています。

「5ヵ年ローリングプラン」の振り返りと今後について

三村 当社は真面目な人が非常に多い会社ですね。「5ヵ年ローリングプラン」を拝見しても、社内で多くの方が熱心に議論し、丁寧に作り込まれていることがわかります。ただ実際に取り組みを進める中では、どうしても短期的な目標達成に集中してしまう傾向があるようです。

 これについては、私は製造業の出身なので研究開発・生産基盤など10年、20年先を見据えた成長投資の重要性が頭の中に焼き付いており、当社においても取締役会を含めさまざまな機会を捉えてマクロの議論を高めていくための仕組みづくり、人材育成の必要性について提言しています。

 特に自動車業界が100年に一度といわれる大変革期を迎える中、目先を見るだけでは、急激な環境変化に遭遇したときには備えがなく対応できないという事態に陥りかねません。2023年5月には10年先を見据えた長期ビジョン「Beyond AUTOBACS Vision 2032」が新たに策定されましたので、その中に謳われているとおり今日より明日、明日より明後日と着実な進捗で、投資家に対し説得力を高める具体的な形が見えるようになってほしいと思いますし、そのために社外取締役として支援ができればと考えています。

金丸 私はオブザーバーとして取締役会・経営会議など議論の場に立ち会い、社内の皆さんが本当に真面目に取り組んでいることを実感しました。「5ヵ年ローリングプラン」はしっかり練られた計画だと思いますが、2019年から5年目を迎えますので、今後はプランの振り返りとともに、その成果をどのように次の成長戦略につなげていくのか、また、それを対外的にどのように発信していくのかが課題になると考えています。

小泉 私は「5ヵ年ローリングプラン」について事業基盤の整備、安定的な利益確保などの面で高く評価する一方、残念な点として、IT・DX戦略が若干遅れていると感じています。もちろん着実に進んではいますが、私の認識ではDXによる大きな経済効果を感じるまでに至っていません。これについては2023年4月にIT・DX戦略の領域を完全子会社化しスピードを上げていくということなので、今後は事業展開が加速するものと見込んでいます。

 長期ビジョンが策定され、「5ヵ年ローリングプラン」もまもなく5年目を迎える中で、新たな中期経営計画の中で定量・定性を含めて明確な目標を設定し、それらを達成するための具体的な戦略を打ち出していくことが非常に重要になっています。現在進行中の中期経営計画策定に関する議論が深まり、説得力あるものになっていくことを期待しています。

三宅 「5ヵ年ローリングプラン」については、ネットワークの構築など成果もあり、私も大変有効だったと評価しています。ただ状況に合わせて継続的に見直しを実施する「5ヵ年ローリングプラン」は、先が見えないコロナ禍の中では極めて有効に働きましたが、すでにコロナ禍が一段落し、投資家サイドから中長期を見据えた成長戦略を求められる中、新たな中期経営計画を考えることはいいタイミングだと思っています。

 2024年3月期は「5ヵ年ローリングプラン」が5年目を迎えると同時に、次の中期経営計画に向けてメリハリをつけることが重要で、海外・オンラインアライアンス・ブランドなどあらゆる事業にしっかり目途をつけ、次につなげるための取捨選択をする年になると理解しています。そのために昨年末には執行役員制度を廃止し、各事業に責任を持つ事業統括を新設しました。今後は各事業のROIC(投下資本利益率)による管理を進めることで、事業ポートフォリオの見直し・再構築につながっていくとみています。

三村 既存事業を改めて精査し、投資家サイドが当社の事業として納得し期待が持てるような領域はどこかを突き詰め、組み立てていかなければなりません。ROICは、実質的な投下資本からどれだけ効率的に利益に結びつけているかを判断するために最もわかりやすい指標ですので、当社がROICを活用し事業の資本効率の向上が企業価値向上にどれだけつながっているかを見極めようとする方向性は正しいし、今後も強化してほしいと思っています。ただ、ROICのみで全ての事業を評価することには経営判断を誤るリスクもあります。事業ポートフォリオの見直しにあたっては、やはり当社が将来にわたりどのような事業に取り組むべきか、中長期を見据えたビジョンと併せて判断していくことが必要でしょう。

 重要なのは、経営トップが中長期的なビジョンについて明確なメッセージを社内外に発信することで、ROEやROICなどの指標は、そのための有効なツールだということです。指標を使うことで変化を「見える化」してわかりやすく伝えられ、社内の理解が進むとともに、社外では投資家の期待値が上がり、それが企業価値向上につながります。堀井さんも当社がそのような形にシフトすることを意図して行動されていると思うので、社外取締役として支援していきたいと考えています。

 

三宅 現在、10年後の活躍が期待される若手を中心に中期経営計画についての議論が進んでいると聞いています。取締役会でも内容が報告され、意見交換ができるということで、楽しみにしているところです。

長期ビジョン「Beyond AUTOBACS Vision 2032」について

金丸 長期ビジョン「Beyond AUTOBACS Vision 2032」では、パーパス(存在意義)、進化の方向性(ありたい姿)を非常に練った言葉で明確に打ち出せていると思います。また策定にあたっては、当社が将来どこへ向かうのか、人々の生活が急速に変わっていく中でクルマに関わるサービスとしてどのように社会に関与していくのかなど、社内で真剣な議論が重ねられたことを横から拝見していました。策定作業は、それ自体が当社にとって非常に有意義なプロセスとなったのではないかと考えています。

 また「オートバックスグループは、グローバルでさらに進化します。今までにないスピードで。」と進化への決意を表明しています。敢えて「今までにないスピード」としたのは、10年後といってもあっという間に来る未来であり、今のペースで歩み続けていたのでは数値目標も含め実現は困難だと自覚した上での表現だと理解しています。執行役員制度を廃止して事業統括を新設し、横のつながりも出しながら意思決定のスピードを上げていく、そしてパーパス(存在意義)を念頭にスピード感も維持しつつ数字も目指していくという思いが込められたビジョンだと思います。

 

三宅 長期ビジョンでは2032年の目標として売上5,000億円を掲げました。2023年3月期の売上2,362億円から倍増以上ですから、今までの延長線上ではない議論をしていかないと達成できません。近年は当社の業績が踊り場を抜けきれない状況が続く中、ストレッチした高い目標を目指していかないと新しい発想が生まれないということもあり、これは当社にとって一つのターニングポイントになり得ると受け止めています。次の10年では、若い人たちを中心に非連続な成長を目指し議論を深めていけるのではないでしょうか。

 

小泉 そうですね。確かに当社の業績は、ここ10年トップラインの成長がほとんどできていない状況で、これが、株価が反応しない最大の要因になっていると思われます。

 売上5,000億円は、数字だけを捉えると非常にストレッチした目標に聞こえるかと思いますが、この状況で仮に売上3,000億円という目標を掲げても、それは長期ビジョンにならないでしょう。敢えて達成困難な高い目標を掲げ、本気でゴールを目指していかないと企業は停滞してしまいます。具体的には、長期ビジョンで車買取・販売、車検・サービス、カー用品販売など「既存事業の進化」に加え、マイクロモビリティ・プラットフォームなど「新たな事業創造」による事業成長イメージと、それに向けての10年間の投資配分を明示しており、これらを踏まえた上での売上5,000億円だと理解しています。私としては、今後発表を予定している中期経営計画と具体的な戦略の内容により、投資家に対するビジョンの説得力は、さらに増していくと考えています。

 

三宅 売上3,000億円のような普通の目標では、社員が「頑張れば達成できる」と思ってしまうので社内に危機感が醸成されず、成長につながるような新しい発想は生まれないでしょう。売上5,000億円であれば、届くためにはM&Aも含め他の業界、業種との連携を考えなければならないというような発想の転換が起こる可能性も高くなります。

 

金丸 当社はM&Aの実績が豊富とはいえないと思いますが、新しい発想で今後の戦略事業を検討する中では、おそらくM&Aも選択肢の一つにはなるでしょう。その場合、社外取締役としてPMI (Post Merger Integration)のプロセスをしっかりサポートしていきたいと考えています。

 

三村 私は前職で、売上2,000億円の時に当時の経営者から「 1兆円を目指す」と言われたことを鮮明に覚えています。それぐらいの規模にならないと世界では勝負できないということです。また、もう一つ「時価総額1兆円」も印象に残っています。1兆円に乗っていないとM&Aで買われてしまう可能性があるので、「1兆円にするために何をすべきかを考え続けろ」と言われました。

 重要なのは売上5,000億円を単なるスローガン、絵に描いた餅で終わらせず、具体的な形にしていくことで、それこそが経営の役割です。現在売上2,000億円規模の当社で、売上5,000億円は目線を上げないと達成できません。そのために、まず経営者自身が目線を上げ、視点を変えて違う景色を見るということ、そしてそれをいかに社内外のステークホルダーにわかりやすい言葉で語っていくかということが非常に大切になると思いますし、その部分で、そのような事例を知っている者として可能な限りアシストしていきたいと思っています。

当社の海外展開をどうみるか

三宅 長期ビジョンの実現に向けては海外事業の拡大が必須だと思いますし、これから若い人に活躍していただくためには海外でチャレンジできる機会を提供できるということが一つの強みになるでしょう。

 当社が海外で成功するためには、ブランドが定着しオレンジの看板が世界中で輝くようになるのがベストですが、そのためにも製品、メンテナンスなどで世界的に評価される「日本品質」を最大限に活用していくことだと思います。PB(プライベートブランド)についても価格訴求にとどまらず、環境に優しいなど複数のカテゴリーをしっかり組み立てられれば海外でも評価されるのではないでしょうか。

 同時に海外では、これまでの事業の延長線上ではなく、現状を整理してエリアを絞り、まず成功事例を作ることが重要と感じます。当社は現在、海外では9つの国と地域で卸売・小売事業を展開していますが、そろそろエリア・事業にメリハリをつけ、次の展開につなげていくべきではないかと考えています。

 また、直近はオーストラリアで卸売事業の確立を優先する動きになっていますが、私は素人ながら、当社は小売事業で海外に出ていくべきで、そうでなければ最終的にオートバックスのブランド価値が発揮できないと思っています。

 

金丸 海外事業では、国ごとの個別の事情、レギュレーションの違いなどがありますので、ブランドの管理が難しいのは確かです。どうしてもFC(フランチャイズ)展開で現地の事情に通じた地場企業に一定程度運営を任せながら日本側でコントロールしていくことが多くなるので、契約にあたっては権限のバランスに配慮することが大切ですね。 また、こちら側が各国で共有できる明確なビジョンを持っていることが欠かせません。理念の共有がないと、問題が起きた場合も各国でバラバラな対応となってしまうので、やはりポイントを絞りながらある程度共通認識を持って事業展開ができる環境を作っていくことが必要だ

と思います。

 

三宅 小売でも直営展開が適切な国や地域、一から構築するより現地の企業と連携するFC展開が好ましいケースなどさまざまな異なる状況がありますが、海外でFCを展開する場合は国内以上に強固なFC契約モデルを構築する必要があるでしょう。海外ではギブアンドテイクの関係が日本よりも明確だと思うので、こちらが提供するものをはっきりさせておかなければなりません。そういう意味では、新しいフォーマット、 PB、日本品質などオートバックスの強みを明確化すること、さらに、それらを提供できる仕組みづくりが必要ではないでしょうか。

 

三村 製造業では自社製品を扱うのは海外に行っても変わりませんが、小売業は、その点は自由度がありますね。もちろん全くノウハウがない領域はできませんが、特に日本発にこだわることなく日本と全く違うことを始めてもいいわけです。多方面に視野を広げ、現地企業とのFC契約はもちろん、M&Aで全く違う事業体を作り上げる可能性もあるでしょう。そのような発想は、目線を上げていく中では当然検討されるべきだと思います。そのときは、先ほど三宅さんがおっしゃったとおり、現有の海外事業を1回全てリセットし、残すものと残さないものを整理しなければならないでしょう。ただ、今後もモビリティに関しては世界でも膨大なマーケットが存在し続けるはずで、「これだ」というものさえ見つかれば成長余地は十分にあると思います。

 

小泉 国内の小売企業では、グローバル化の成功事例は多くありません。数少ない事例を踏まえてオートバックスセブンの海外での可能性を考えたときに、三宅さんもおっしゃるように、①アイコンとしてのブランド強化、②圧倒的なPB商品群の開発、③日本品質の接客技術、ホスピタリティの徹底──の3つがあれば、世界でも勝てるのではないか

と思っています。

 いまは足元のビジネスをまずは筋肉質にしようということで卸売業をベースに展開していますが、私自身は最終的にはオートバックスブランドのマークを用いて世界に小売展開していくところに活路があると感じます。

持続的成長のために

三村 堀井さんには、ぜひ投資家目線で企業価値向上に取り組んでくださいと申し上げています。なぜかというと、投資家の視点で何をすべきかを具体的に語ることは、最終的には間違いなく従業員にとってもプラスになるからです。持続的成長のためには継続的に成長戦略を策定し目標達成に向け取り組まなければなりませんが、継続的に取り組んでいくことで着実に企業価値は上がり、企業価値向上により従業員への還元も拡大できます。

 経営者の責任として、自分が腹落ちした戦略を推進していくことで結果的に数字はついてきます。数値目標の精度が上がっていくと当社に対する投資家の信頼感も高まり、取り組みの中から具体的な成功例が一つでも出てくるとさらに期待値が上がり、企業価値が高まるという循環が生まれます。注目されているPBRについても、堀井さんには、PBRを上げるために分母分子の関係から何をすべきかは明らかで、ぜひそこに向かって取り組んでいきましょうという話はさせていただいています。

 

小泉 前回の鼎談でもお話したように、私はオートバックスが国内業界ナンバーワンのブランドであり、世界で展開するグローバルブランドにもなれると考えています。店頭スタッフのホスピタリティなど、創業以来引き継いできた小売業としてのDNAは海外でも必ず通用するものだと思います。

 グローバル化における今後の課題は、オートバックスの理念やDNAをどのようにグローバルに共有していくかということでしょうか。三宅さんがよくおっしゃっているように、海外については理念の浸透が若干遅れているところがあるので、その辺りの強化は必須だと考えています。

 また、国内事業の成長に向けては、やはりIT・DX戦略の進展に期待しています。FCというビジネスモデルの中でECへのシフトは難しい面があるとも思いますが、EC比率の向上に伴い国内オートバックス事業のトップラインは伸びてくると思いますし、国内事業で拡大・創出した利益を新規事業への投資に振り向けていければ成長余地は十分あると思います。

 

三宅 私が期待するのは、ブランドマーケティングの強化です。投資家、消費者にとどまらず全てのステークホルダーが「あのオレンジの看板を見るとワクワクを感じる」ように、オートバックスブランドが持つ信頼性・先進性のイメージを高めることに注力してほしいと思います。

 日本初のカー用品のワンストップショップとして立ち上がった当初にはワクワク感というイメージが多分にありましたが、今は競合激化の中で際立った個性が多少なりとも埋没してしまっている印象があります。新しいフォーマットの提案・高付加価値PB商品群の開発など、常に新しいものを提供していく仕掛けを創っていくことにより投資家の方にも「オートバックスは常に動いているな」という印象をもっていただけるのではないでしょうか。三村さんがおっしゃるとおり、数字はその結果としてついてくると思います。

 

金丸 新たな中期経営計画がリリースされたときには、社内で策定に関わっている皆さんの熱意が社外のステークホルダーの共感を得られることを願っています。長期ビジョンの実現可能性を投資家に確信していただけるような言語化、発信方法が鍵になるので、しっかり進めてほしいと思います。